第1話エイズのこと、まるごと全部知りたい!

ブリ君の大学のクラブの先輩。
現在はコミュニティFM「ラジオひまわり」に勤めるディレクター。
人に何かを伝えたり知らせたりするのが好き。

大学3年生、ゲイ、21歳。専攻は社会福祉論だが、勉強はあまり好きではない。
クラブは水球部。ガチムチ気味。
このサイトの使い方とエイズの歴史
ええと、なになに、「エイズ de AID(エイズ・デ・エイド)」だって?「HIV/エイズについての知識を広げ、あなたから手伝えることを、私たちと一緒にやっていきましょう」って、これ、エイズについてのイベントのフライヤだー。 ええと、主催はコミュニティFM「ラジオひまわり」って……。
やあブリ君、そのチラシ、見てくれたんだ。
あ、白瀬先輩、お久しぶりです。たまには僕らの部活、見にきてくださいよ、って言いたいけど、やっぱラジオ局の仕事、忙しいんでしょ。んん?このラジオひまわりって、白瀬先輩の勤めてる局じゃないですか!
そうだよ。そしてその「エイズ de AID」のイベント、おれが担当してやってるの。いま、俺らがやってる番組んなかで、来月、エイズの帯コーナーをやることになって、そのキャンペーンの一環なんだ。エイズのこと、おまえ、少しは知ってる?
先輩のまえですけど、自慢じゃないけど、ちっとも知らんです。
そんなこと自慢してどうすんの。だいたいおまえ、部のなかではおれたちにゲイだってオープンにしてたけど、ゲイの人たちのあいだで増えてる病気だということは確かなんだぜ。
へー、そうなんだ。
あいかわらず力抜けるやつだな(苦笑)。よし、飯おごってやっから、きょうはこれから特訓だ。
わー、先輩、お手柔らかに願いますよぉ~。
HIVとはウイルスのこと、発症してからがエイズ
まずおまえ、エイズとHIVの違いとかって、わかってる?
えっと……そう突っ込まれると、自信ないっす。
まずそこからだ。HIVというのはウイルスの名前だな。本名は「ヒト免疫不全ウイルス」っていう。こいつが人間の体に入って、感染が成立すると、ヒトの免疫力を壊していって、普通ならかからないような病気にかかったり、病気に抵抗できなくなって、ついには死に至る。この、免疫力が下がっていろいろな症状が出るようになった時点で、「エイズ発症」という診断がされるわけだ。つまり、HIVはウイルスの名前で、エイズというのは状態のことと理解しておけばいいかな。
じゃあ、HIVに感染したら即、エイズというわけじゃないんですね。
そう。HIVに感染して、その後なにもしなければ、数年から10年ぐらいで免疫力が低下してエイズ発症の状態になると言われている。そして、そのかんはとくに症状がないことも多いので、人は自分がHIVに感染していることにも気づかないんだ。症状があってもなくても、感染からエイズ発症後までの全体を指してHIV感染症と呼ぶこともあるね。
白瀬先輩はさっき、僕らゲイにHIV感染症は増えている、って言いましたね。
日本では、検査などでHIVに感染していることがわかった人と、病院などに搬送された段階でエイズ発症と診断された人とは、それぞれ報告をすることになっているんだ。2022年は、新規HIV感染者は632件、新規エイズ患者は252件。このうち同性間によるものが、新規感染では全HIV感染者報告数の約70%(異性間性的接触は約16%)、新規エイズ患者では全エイズ患者報告数の約50%(異性間性的接触は21%)と、いずれも大きな割合を占めているな。
たしかにゲイの友だちで、最近陽性がわかったっていう人、何人か知ってます。
この人たちは自分から検査に行ったりしてわかった人もいるけど、他の病気の治療中や手術前検査でたまたまわかった人もいる。だから、本当は感染していながら無自覚なままの人は、これよりもかなり多くいるだろうと言われてるんだ。まあ、それは同性間でも男女間でもおなじなんだけど。
わあ、大変!国や行政は白瀬先輩たちメディアの人にも協力を求めて、そのことをもっと国民に知らせるべきじゃないですか?
それがなかなかすんなりとはいかないんだ。
え、どうして?
エイズに関心が高まらない背景には
それはこの国でのエイズの歴史を見るとよくわかるよ。
へー、エイズの歴史ねえ。
日本人のエイズ症例がはじめて公表されたのは1985年。当時の厚生省がアメリカ帰りの日本人男性を「エイズ1号患者」として発表したんだ。男性は同性間の性行為で感染したと新聞などで書き立てられたため、エイズと同性愛がたちまち結びつくことになった。しかし、このとき国が認可した輸入血液製剤によって国内の血友病者のすでに半数がHIVに感染していたことを、厚生省は知っていたんだ。
1986年には「松本事件」、87年には「神戸事件」によって、「外国人」や「売春婦」がエイズの「元凶」のように写真週刊誌などで書き立てられ、国中にエイズパニックが巻き起こった。国会では、感染者の報告や他人に感染させた場合の刑事罰まで盛り込んだエイズ予防法が提案され、紆余曲折のすえ89年1月に法律として公布されたんだ(現在は廃止。「感染症法」に統合される)。
エイズって、ずっと「事件」だったんですね。しかも「スキャンダラス」な。
ところが1990年代に入ったころ、同性間よりも異性間での性行為で感染した報告数が多くなり、「身近な病気」「日本も感染爆発か」と言われだした。ロック歌手フレディー・マーキュリーがエイズで亡くなったり、NBAのマジック・ジョンソンが感染公表したことも影響したし、87年に国が制定した「エイズ問題総合対策大綱」が92年に見直しを迎え、各地の自治体でも、さかんにエイズ対策が立てられた。民間でもにわかにエイズへの関心が盛りあがって、ちょっとした「ブーム」になったんだ。
フレディーやマジック・ジョンソンのことは、聞いたことあるー。
こうした盛りあがりは94年、横浜で開かれた第10回国際エイズ会議まで続くよ。世界中から1万3千人が集まった大会議の開会式には、結婚まもない当時の皇太子夫妻が出席し、厚生省も省始まって以来と言われる体制で臨んだ。
「事件」のつぎは一転「ブーム」ですか……。
ところが、この盛りあがりは横浜会議後、急速に終息し、かわって世間の注目を集めたのが主に血友病患者の人たちによる「薬害エイズ裁判」だ。この裁判は96年、歴史的な和解が結ばれ、国は恒久対策としてHIV陽性者の障害者認定やエイズ拠点病院の整備などを約束し、まがりなりにもエイズ医療と福祉の体制が整えられるんだ。その背後には、エイズへの無理解や偏見にさらされながら亡くなっていった多くの人びとの存在があることを、忘れちゃいけないよな。
一方、おなじころ薬剤治療にも画期的な進歩が訪れたね。3、4種類の薬を合わせて飲む通称「カクテル療法」(多剤併用療法、HAART=ハート)が始まったんだ。これによって血液中のウイルスが驚異的に減少し免疫機能が回復、エイズでの死亡率が低下した。エイズは薬で完治できるんじゃないかとまで思われた。ま、実際にはそう簡単にはいかなかったんだけどね。
そうですね。僕らがなんとなく「エイズは終わった病気」と思っちゃってるのは、こういう歴史があったからなんでしょうね。
いまはメディアにエイズの記事が載ることも、前年の報告数が発表されるときと、12月1日の世界エイズデー前後ぐらいだね。それも扱いはとても小さい。国や自治体のエイズ対策予算も、エイズブームのときの3分の1、4分の1にまで削減されている。社会の関心は低下した一方で、新たな感染者や患者の報告数は増えている、それが現実なんだ。
HIV/エイズガイドの使い方
ふーん、エイズにそんな歴史があるなんて、はじめて知りました。
まあ、じつはおれも今度の番組の仕事で勉強したばっかなんだけどな。
でも、先輩の話を聞いているあいだにも、つぎつぎ疑問がわいてきましたよ。
え、どんな?
たとえば感染ってどうやってするんだろう、あるいは防げるんだろうかとか、検査のこととか、治療法のこととか、お金や福祉のことはどうなってるんだろう、とか……。
なるほど、いまあらためてエイズについて全部知りたい、ってわけだな。それならいいサイトがあるよ。「HIV/エイズガイド」って言うんだけど、おまえみたいな大学生がいろいろな人に聞いて基礎的なことを学ぶっていう、そんなストーリー仕立てになってるから、たぶん読みやすいと思うぜ。
へえ、おもしろいかもー。
いまはネット時代だろ。検索すれば、HIVやエイズについていろんな情報が引っかかってくるじゃん。そうするとおまえみたいなおっちょこちょいは、なにから読んだり信じればいいのかわからないわけだな。
だからこのサイトは、まず基礎になることを押さえて、同時に、それから先のことを自分で探して調べていけるようになる、というコンセプトで作られているらしいんだ。第一、エイズの情報や情況はどんどん進んでいるわりに、ネットで引っかけたものは、過去にアップされたままだったり、個人の経験で書かれたものだったりするからね。ちゃんと情報にも「ガイド」が必要だ、というわけだな。
おっちょこちょいは、ひどいですよー、先輩。
ま、人それぞれ疑問に思ったり不安に感じることはバラバラで、それに全部答えるのは一つのサイトでは無理っていうもんだ。結局は、自分で調べていけなけりゃ意味がないわけで、このサイトはその基礎の確認と、自分でつぎの情報を探していけるヒントをくれる、というわけだな。読んでみたら?
わっかりました。さっそく読んでみます。あ、きょうはごちそうさまでした、白瀬先輩!
