第2話ゴーグルマン直伝!感染メカニズムとセーファーセックス講座
突然現れたなぞの男。ハッテン場に生息し、
日々セーファーセックスの普及と実践に励む。
年齢不詳、不必要にマッチョ。
大学3年生、ゲイ、21歳。専攻は社会福祉論だが、勉強はあまり好きではない。
クラブは水球部。ガチムチ気味。
感染メカニズムとウィルスをうつさないセックスの仕方
ちょいヒマできたし、なんかムラつくんだけど。さっきスタバで見かけた坊主、かわいかったなー。あ、なんかムラムラしてきた。ハッテン場でも行ってガン掘りしよっかな。でも、ハッテン場って病気怖いし。……アナルやんなきゃいいかなぁ。ま、それに俺、タチだし。……でもなあぁ。彼氏のサバ君となら、あーんなことやこーんなことやっても平気なんだけどぉ。
性の憂悶に悩む若人よ、しばし待て。
わあっ、って、あんただれ?やけにマッチョで、って、それはいいけど、突然町中で競パン一丁でゴーグルまでかけて出てくるって。
私はゴーグルマン。ハッテン場の暗闇から性に悩める若者を救いに現れ、そしてまたハッテン場に帰ってゆく性の求道者だ。ブリ君、君は考え違いしているな。
突然あらわれて、人のこと、考え違い呼ばわりって、あんたなんなの?
ハッテン場が危なくて彼氏とは平気、アナルやらなければ安心、タチなら安全。みんな少しずつズレている。君はHIVの感染のメカニズムを押さえておいたほうがいいようだ。
えー、まるで医学みたいなむずかしいこと、いやだ~。それに一発抜くのに、そんなこと知らなきゃダメ?
大丈夫。基礎の基礎を押さえれば、あとは自分で考えられるようになる。「少なく学んで多く考える」、これが私のモットーだ。さ、始めるぞ。
HIVを含む体液は、精液や先走り、ケツマン汁
では最初に質問だ。HIVというウイルスは、感染している人の体内のどこに存在しているか知ってるかい?
えーと、これは読んだことある。血液、精液、母乳!
そうだ。この3つはよく聞くね。さすがの君も知っていた。それ以外には、先走り液や女性の膣分泌液にも含まれる。最近の報告では、腸の粘膜から出る粘液、いわゆる「ケツマン汁」だな。これは排便のとき分泌されて便のすべりをよくする働きがあるが、これにもHIVが含まれるという報告もある。
やっぱり先走りにもHIVが含まれるんだ!
先走り液、正式にはカウパー腺液というが、先走り液のなかには精液がまざることがあるから、精液ほどではないけど感染が起こる可能性があるわけだ。精液や先走り、ケツマン汁とか、みんなセックスの場面で大活躍だね。
HIVを含まない体液もあるの?
唾液、尿、汗、涙などにはほとんど含まれない。
なるほど、それでザーメンを口受けしちゃダメだけど、キスでは感染しないよ、って言うのか。
ハハハ、たしかにそうなんだが、そこへ行くまえに、じゃあ、感染はどうやったら起こるのか、そこを見てみよう。
その人が感染している場合(男性の場合)
HIVを含む体液:血液、精液、先走り液、腸粘液
HIVをほとんど含まない体液:唾液、尿、汗、涙など
HIVは粘膜につけられた傷から侵入する
ひとつ君に質問しよう。ある人にHIVを感染させるには、どうしたらいいだろう?
え、イヤな質問だなあ~。
もしも、として考えてくれたまえ。たとえばここにHIVを含む精液がある。これを君の胸にぶっかけたら、君は感染するだろうか?
やっべ、けっこう勃ってきそう。
ブリ君、興奮してる場合じゃないぞ。ぶっかけられた胸が通常の状態なら、まず感染することはない。ここでひとつ、感染が起きる条件を覚えてくれ。
条件 1
HIVが体のなかの血液に直接入ると感染が成立する。
これをもとにして、どうやったら感染するか、考えてみてごらん。
えっと、……たとえば、HIVを含む血液や精液を注射器に入れて相手に注射する。
ちょっとホラー小説の読み過ぎの気もするが、たしかにそのやり方で感染させることができるだろう。「麻薬注射の回し打ち」が危険と言われたのはこのためだ。針についた血液が直接、相手の体内に入るからね。また、注射器を使い回して肝炎ウイルスを感染させた医療事故のニュースも、違うウイルスの話だが原理はおなじだ。
なるほど!HIVも要はウイルスの一つだもんね。
では、普通は身の回りにない注射針とか以外の方法で、HIVを血管のなかに入れる経路はないだろうか?
僕、お医者さんごっこの注射器もってるよ。
無視して進めるけど、普通、体の表面は皮膚で覆われている。皮膚の表面(表皮)は「硬い壁」とその下の「細胞の層」でできていて、血管(毛細血管)が通っているのはさらにその下だ。だから最初に言った、胸にぶっかけられた精液にHIVが含まれていても、皮膚にさえぎられてとても血管まで届かないので、体内には入らないわけだ。
でも、切り傷とかあったら?
そうだ、傷があって「硬い壁」や「細胞の層」を超えて血管まで直接、ある程度の量のHIVが侵入できれば感染する可能性はあるね。
条件 2
皮膚に傷があって血管が開いていれば、そこからHIVが侵入する
体の表面といっても、全部が皮膚みたいに硬いわけじゃないよね?
いいところに気づいたね。口や鼻のなかとかは粘膜という。そしてそこは、「硬い壁」がなくて、やわらかい「細胞の層」がむき出しになっているんだ。だから、すこしの衝撃でも傷つきやすく血管にまで届いて出血しやすい。粘膜からはHIVの感染が起こりやすいんだ。
条件 3
粘膜部分は傷つきやすく、HIVが侵入しやすい
粘膜部分って、どんなところがあるの?
さっき出た口やのど、鼻のなかのほか、まぶたの裏側もそうだ。顔射には気をつけてくれたまえ。だから私はゴーグルをしている(いらない情報)。それから下のほうでは直腸の内側(アナルのなか)や、ペニスの先、尿道のなかも粘膜部分だ。口のなかなどは食事や歯磨きなどでも目に見えない無数の傷がつきやすいし、「細胞の層」が薄い直腸や尿道の粘膜は、傷がなくても血管まで浸透して感染がおこる可能性があるんだ。
粘膜にどんどん傷をつけるような行為が、まさにセックスということですね。
そうだね。同時に、梅毒など他の性感染症にかかっていると、HIVに感染しやすくなることも知られている。梅毒や淋病(淋菌感染症)、ヘルペス、尖圭コンジローマなどによる発疹や潰瘍なども「傷」なんだ。これらの性感染症は症状が現れて気づきやすいから、早く治療し、その間はセックスを控えるべきだね。
条件 4
他の性感染症に感染していると、HIVにも感染しやすくなる
お互いのあいだでHIVをやり取りしないテクニック
HIVは血液から侵入することと、侵入しやすい場所、つまり粘膜に気をつけることがわかったけど、じゃあセーファーセックスってどういうことなんだろう。
そこが肝心だね。こう定義してみたらどうだろう?
お互い(2人以上ということもある)のあいだで、
HIVを移動させないセックス、感染を成立させないセックス、
それがセーファーセックス。
HIVに感染しないに越したことはないが、現在、自分が知っている知らないに関わらずHIVをもちながら生きている人はたくさんいる。生きることには当然、性生活も含まれる。問題は、セックスのさいにHIVを相手に移してしまわないこと、あるいは相手からそれをもらってしまわないことだ。
HIVに感染していることがわかって、適切な治療を続けていると血液中のHIVが検出できなくなるまで少なく抑えられる。そういう状態が続いている人からはHIVが感染しないことがわかっているんだ。でも、自分が感染していることに気づいていない人もたくさんいるし、まだ治療を受けていない人もいるかもしれない。だから、HIVを移動させないセックスの方法はやはり大事だ。感染のメカニズムがわかったブリ君ならば、そこをシャットアウトしていく方法を考えられるはずだ。
シャットアウトしていく方法?
まずはコンドームを使うことだ。コンドームなしでアナルセックスをすると、ウケはもちろんタチにも感染する可能性がある。フェラチオは、する側がされる側からHIVをもらう可能性があるから、できればコンドームを使ったほうが安心だ。
そうしたことが完璧にはできなかったとしても、少しでも感染する可能性を少なくする工夫も大切だぞ。そのためにも感染のメカニズムを理解しておくことがおおいに役立つはずだ。
そういえば、最近、HIVに感染しないようにクスリを個人輸入して飲んでる友だちがいるんだけど、あれって大丈夫なの?
それはプレップ(PrEP)というやつだな。HIVに感染していない人があらかじめ抗HIV薬を飲むことで、セックスでHIVが体の中に入ってもHIV感染を成立させないという新しい方法のことだ。
プレップはセックスでHIV感染を予防できることがわかっているんだが、いろいろ注意が必要だぞ。始める前や始めてからも続けてHIV陰性であることを確認しないといけなかったり、抗HIV薬を正確に飲ななければならないし、副作用や腎機能に問題がないかを定期的にチェックする必要があったりする。プレップの抗HIV薬は、日本でもツルバダという薬は予防のための使用が承認された。だが、保険適用になったわではないので、全額自己負担するとなるとかなり高い。後発品(ジェネリック薬)を輸入しているクリニックで処方してもらったり、自分で個人輸入しているやつもいるようだ。
それから、あくまでもHIVだけにしか効果がないから、他の性感染症のチェックもやはり重要になる。
なんだか大変そうだね。でも日本でもお医者さんで処方してくれるんだったら考えていみようかな。
コンドームかプレップか、どちらかを選ぶというのではないんだ。コンドームやプレップ、それから感染の可能性を少なくするその他の工夫を組み合わせて、自分も相手も安心できて、より安全にセックスライフを楽しめるようにすることが大事だ。
そっか。なにかひとつが絶対ということではなくて、トータルで安心なセックスをすること、そんなやり方を考えないといけないんだなあ。
じゃ、これから私と実技の実践をしてみようか?
えっ、ゴーグルマンと??
第2話のまとめ
感染のメカニズムの原理
- HIVが血液に入ると感染する可能性がある
- 皮膚に傷があると、そこから血液にHIVが侵入しやすい
- 粘膜部分は傷つきやすく、そこから血液にHIVが侵入しやすい
粘膜について
アナルセックスで関係する直腸粘膜は細胞の層がとても薄く、すぐ下に血管があるので感染が起きやすい。しかもちょっとした摩擦で傷つきやすく、傷があったり(痔があるなど)病気が起きているとさらに感染が起きやすくなる。でも、傷や病気があっても気づかないことが多いので気をつけよう。
口や鼻やまぶたの粘膜は、直腸粘膜に比べて粘膜が厚く、また、体液がついても洗い流しやすいので感染しにくくすることができる。ただし、「フェラチオは大丈夫」とか「顔射は大丈夫」とは言い切れない。目をこすったり歯ブラシを使うことで細かい傷ができていたり、口内炎や歯周病などの炎症がおきていれば感染しやすくなる。フェラだけしかしないのに感染したケースもないわけではないので、気をつけておくにこしたことはない。
尿道の粘膜は、内側に入ればすぐに薄くなっているので感染が起きやすい。しかも尿道炎や性感染症にかかっていればさらに感染が起きやすい。だから「タチは大丈夫!」というわけではない。傷つきやすい直腸の粘膜からのわずかな出血や,腸粘膜から出てくる粘液など、HIVの含まれる体液が尿道のなかに入ってくれば、十分に感染が起こる可能性がある。相手の肛門のなかに別の人の精液が残っていたり、ということもある。
HIVを血液に入れないための方法
つぎの2つにトライしてみよう。
- 皮膚に傷や病気や炎症がある場合には、そこにHIVが含まれる可能性がある体液(精液、血液、先走り液、腸粘膜から出てくる粘液)がつかないようにする。粘膜にも上記の体液がつかないようにする。
- セックスのまえには体をチェックしよう。傷があったら絆創膏(ばんそうこう)でしっかりふさごう。 病気や炎症がある部分はセックスでは使わないようにしたり、ペニスにはコンドームをかぶせよう(精液や先走り液を相手に渡さない/自分のペニスの粘膜を守る)。
HIV感染を成立させないための方法
- アナルセックスをする場合、ウケでもタチでもコンドームを使う。
- フェラチオでもなるべくコンドームを使った方がいい。
- 感染の可能性を低くするいろいろな工夫(他の性感染症の治療、傷や潰瘍に触れない、中出ししない・されない、ローションを使うなど)をする。