ゲイ・バイ男性にとってのHIV/エイズのいま【前編】~エイズ発生動向(2023年)から日本の現状を読み解く~
September 18, 2024 Modified: 2024.09.18
「HIVって流行ってないよね?」
「エイズって昔の話だよね…」
最近、そんな風に思っている人も多いかもしれません。
ほんとうにそうなのでしょうか?
実際はどのような状況なのでしょうか?
厚生労働省が2024年9月3日に発表したエイズ発生動向報告をもとに、
日本の現状をゲイ・バイセクシュアル男性の視点であらためて整理してみます。
各グラフの出展
厚生労働省 エイズ動向委員会
中長期的に見ると減少している
その年に日本で新たにHIV陽性と診断され報告された人の数が、厚生労働省エイズ動向委員会から毎年発表されています。(注1)
1985年から2023年までを全体的にながめてみると、大きく3つの局面があるように見えます。最初の20年くらい(1985年~2007年)は右肩上がりに増え続け、その後の6~7年(2008年~2013年)は1,500人くらいで推移し、2013年をピークとして減少傾向に転じています。(〇の2020年~2023年の変化については後編)
発表されている数字は、新たにHIVに感染した人の数ではないことに注意は必要です。というのも、検査をしないとHIV陽性かどうかはわかりませんので、感染していても検査を受けていない人は含まれないのです。ですが、HIV検査の件数が一定数保たれている状態で、新たにHIV陽性と診断された人の数が中長期的に減少傾向にあるため、新たにHIV感染した人の数も減少傾向にあるのではないかと推測されます。
1980年代~1990年代にかけての取り組み
1980年代半ばにはすでにHIVというウイルスとその感染経路が特定され、多くの場合コンドームを使うことで感染が防げることがわかりました。その後、コミュニティを中心とした啓発活動などにより、多くの人がHIV/エイズという新たな性感染症を知るようになります。お互いを守りながらセックスをするためのセーファーセックスという概念が生まれたのもこの時代です。
そして、1990年代後半には新たなタイプの抗HIV薬が登場して、多剤併用療法という画期的な治療法がはじまりました。それまでは死を待つだけの病気とまで言われたHIV/エイズが、ウイルスを抑え免疫力を維持できるようになり、コントロール可能な慢性疾患へと変貌を遂げたのです。また、日本では薬害エイズ被害者たちの尽力もあり、HIV診療体制が整備され、障害者認定による治療費の負担軽減が感染経路を問わずに適用されることとなりました。また、全国の多くの保健所などで無料・匿名のHIV検査を受けることができるようにもなりました。
未知の感染症だったHIV/エイズが、最初の20年間に急速に増加を続け、多くの人が亡くなりました。しかし、その間にも、治療薬の開発だけでなく、HIV/エイズの周知と予防啓発、診療体制の整備や治療費の負担軽減、無料・匿名での検査の普及など、さまざまな対策が進められてきました。セックスをするなら感染しにくく、感染したかもしれない人は検査を受けやすく、陽性とわかった人は治療を受けやすく、治療を受けた人はウイルスをコントロールしやすくするために、すべての段階において、医療・社会福祉・コミュニティでのさまざまな取り組みが必要だったのです。
これら複合的な取り組みにより、やがて新たな感染拡大が抑えられるようになり、2008年には増加傾向に歯止めがかかり、2013年からは減少傾向へと転じたものと考えられています。特に、HIVに感染した人が適切な治療を受けてウイルス量が検出限界未満になるとセックスで感染しなくなる(U=U)ことが科学的に証明されたことは大きな出来事でした。HIV陽性者の支援は感染抑止の側面からも重要であることがわかりました。
一方、HIV陽性者やセクシュアルマイノリティ、薬物使用者、セックスワーカー(性風俗従事者)、外国籍の人などに対する根深い差別や偏見が、すべての段階において直接的・間接的に負の要因となっていることも見逃してはいけないでしょう。HIV陽性と診断される人を外国籍の人に限って見てみると減少傾向にはなく、その割合はここ数年に増加しています。労働者・留学生を含めた日本語を母語としない人の支援の重要性は増しているものと思われます。
(注1)血液凝固因子製剤によって感染した人の数は新規報告数に含まれていない。
男性どうしのセックスでの感染が多い
日本で新たにHIV陽性と診断された人の性別は、圧倒的に男性が多いです。1990年代には7~8割くらいでしたが、2000年代に入ると9割近くになり、直近10年は95%くらいです。
感染経路別に見てみると、同性間のセックスが多いことがわかります。1990年代は異性間が多かったのですが、同性間が増え続けたため、2001年に逆転し、その後は常に同性間が多数です。そのほとんどが男性ですので、男性どうしのセックスが感染経路の多数を占めていることになります。
2023年の感染経路を見てみると、同性間が65.9%、異性間が14.0%、薬物の静脈注射が0.2%、不明が19.9%でした。感染経路は、HIV陽性と診断された際の医師からの質問に対する本人の回答に基づき、記録・集計されたものです。実際の感染経路は同性間のセックスだったが、異性間と回答したり、わからない(不明)と回答したりした人が一定数いることが考えられるため、同性間の割合はもっと大きい可能性があります。
また、男性どうしのセックスで感染した人を年代別に見てみると、30代と20代がもっとも多く、次いで40代、50代となっています。60代、70代になってHIV陽性と診断された人もいますし、10代もいます。“若者の病気”とも“中高年の病気”とも言えない、セックスがアクティブな世代を中心とした幅広い世代のMSM(男性とセックスをする男性)に共通する健康課題だと言えるでしょう。
エイズ発症してからHIV陽性とわかる人が多い
エイズ動向委員会は、新たにHIV陽性と診断された人の数を、二つに分けて発表しています。ひとつは、“HIV感染者”、もうひとつは“エイズ患者”です。HIV陽性と診断された時点で、エイズを発症(注2)している人を“エイズ患者”、発症していない人を“HIV感染者”と分類しているのです。
HIV感染症は、感染後に治療しないまま年月が経過すると、じょじょに免疫力が落ちていき、典型的には数年~十数年後に日和見感染症(注3)などを発症することになります。この状態をエイズ(AIDS::後天性免疫不全症候群)と言います。感染してからエイズ発症するまでの年月には個人差がありますが、“HIV感染者”は感染してから比較的早めにHIV陽性とわかった人が多く、“エイズ患者”は比較的遅めにわかった人が多いと言えるでしょう。
日本で新たにHIV陽性と診断された人を、“HIV感染者”と“エイズ患者”に分けて割合を見てみると、毎年おおむね“エイズ患者”が3割くらいを占めていることがわかります。つまり、感染してから陽性と診断されるまでに長い年月がかかった人が少なくないというのが、日本の特徴なのです。
また、“エイズ患者”の診断時の免疫力を示すCD4という数値を見てみると、さまざまな日和見感染症が発症し得る200未満の人が9割以上を占めています。HIV感染症の進行により免疫力が低下してエイズ発症したということがわかります。
注目すべきは、エイズを発症していない“HIV感染者”でも200未満の人が3割弱を占めていることです。HIVに感染している場合、未治療のままだと年月とともにCD4は下がっていくため、もう少し検査が遅かったら発症していたかもしれない人が、“HIV感染者”の中にも少なからずいるということです。
エイズ発症してからHIV陽性と診断されるということは、日和見感染症などの症状が出てはじめて医療機関を受診し検査に至ったという状況も考えられますし、なんらかの体調不良があって入院をしたりする場合もあります。自身の社会生活への影響や精神的なショックも少なくはないと思われます。それでも検査を受けるまでに長い年月を要したのには、さまざまな理由や事情があったことでしょう。しかし、症状がないうちに検査をしてダメージの少ない状態で治療を開始することで、それまで通りの社会生活を持続することができるという大きなメリットがあるということは、再認識しておいたほうがよいでしょう。
日本で“エイズ患者”の割合が高いのはなぜでしょうか。HIV/エイズについての最新の知識とイメージを持っているか、HIV/エイズを自分事としてとらえているか、HIVの検査結果に直面することをいとわないか、HIV/エイズやセクシュアリティにかかわる差別や偏見にさらされていないか、HIV検査を受けやすい環境にいるかどうかなど、様々な切り口から検査のタイミングが遅くなった要因を探っていく必要があります。
個人ができることとしては、積極的にHIV検査を受けるということがあります。検査の頻度を高めたり、定期的に受けるようにしたりすることも重要です。
また、エイズ発生動向報告から見えてくる注目すべきことのひとつは、年代が高いほど“エイズ患者”の割合が高いということです。全世代の平均は3割くらいですが、年代によって大きく差があります。20代は2割以下と低く、50代や60代は5割以上と非常に高いのです。年齢が高めの人も、男性とセックスをしてきた/しているのであれば、症状がなくても検査を受けることを検討してみてはいかがでしょう。
(注2)エイズ発症:代表的な23の疾患(日和見感染症や悪性腫瘍)が決められており、これらを発症した時点でエイズと診断される。
(注3)日和見感染症:健康な状態では発症しないが、HIV感染症の進行などにともない免疫力が低下したときに発症する感染症。ニューモシスチス肺炎(カリニ肺炎)やカンジダ症など。
編集:HIVマップ制作チーム
協力:国立感染症研究所
厚生労働行政推進調査事業費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「エムポックスに関するハイリスク層への啓発及び診療・感染管理指針の作成のための研究」